top of page

​研究の背景:小胞体、そして小胞体ストレスとは?

《タンパク質の折り畳み》​

​酵母は約6千種類、高等動植物は数万種類のタンパク質を作ります。 mRNAがリボゾームにて翻訳されることによって生まれるヒモ状の分子がポリペプチドであり、ポリペプチドが正しく折り畳まれることによってタンパク質が完成します。 折り畳みに失敗したポリペプチドは細胞の中で凝集し、細胞にダメージを与えます。 アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患は、そのことが原因となって発症すると言われています。 細胞の中には、ポリペプチドの凝集を防ぎ、折り畳みを助ける分子シャペロンが存在しています。

《小胞体》​

小胞体は、動植物そして酵母など、あらゆる真核生物細胞が持つオルガネラです。 その実体は扁平あるいはチューブ状の形をした袋であり、細胞外に分泌されるタンパク質や他のオルガネラ​​で働くタンパク質の製造工場として働きます。 小胞体の内部にはたくさんの分子シャペロンが存在しており、リボゾームから小胞体に送られてきたポリペプチドを折り畳みます。 そして、正しく折り畳まれたタンパク質のみ小胞体から運び出されるのです。 また、小胞体のもう一つの役割は、リン脂質や油脂(中性脂質)など様々な脂質分子の生合成の場となることです。

Slide1-1.jpg
小胞体における分泌タンパク質折り畳みと、小胞体からの運び出し:リボゾームにて作られたポリペプチド(赤色)は小胞体にて折り畳まれ、小胞体膜から生じる輸送小胞に詰め込まれて、ゴルジ体を経て細胞表層へと運ばれる
Slide23.jpg
小胞体の顕微鏡像: (A) 電子顕微鏡像。扁平な袋である小胞体(ER)の表面にリボゾーム(黒い点)が付着している。 (B)小胞体局在タイプの蛍光タンパク質(GFP)を発現させた酵母細胞を蛍光顕微鏡にて観察した。扁平な2層の袋が2重の輪のように観察される。

《小胞体ストレスと小胞体ストレス応答》​

小胞体の機能不全は小胞体ストレスと呼ばれ、小胞体内への折り畳み不全タンパク質の蓄積を伴います。 小胞体ストレスにより、真核生物細胞は小胞体分子シャペロンを含む数多くの小胞体タンパク質の量を増やし、小胞体の機能を亢進します。 この現象が小胞体ストレス応答です。

Ire1は小胞体ストレスセンサーとして知られている膜タンパク質です。 小胞体ストレスに応じてIre1は活性化して、RNA切断酵素として働きます。 酵母では、その標的はHAC1 mRNAです。 Ire1によってスプライシングされたHAC1 mRNAは核内転写因子タンパク質に翻訳され、小胞体ストレス応答における小胞体タンパク質遺伝子発現誘導を司ります。 これが小胞体ストレス応答であり、小胞体のサイズや機能の向上へと繋がり、小胞体ストレスは解消されます。

Slide3.JPG
酵母の小胞体ストレス応答: Ire1は小胞体ストレスに応じて自己会合し、RNA​切断酵素(RNase)として働く。そしてHAC1 mRNAをスプライシングにより成熟させ、小胞体ストレス応答を引き起こす。

​私たちのこれまでの発見

​私たちはこれまで、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae、サッカロミセス・セレビジエ)を材料として、小胞体ストレス応答についての研究を進めてきました。

 

《小胞体ストレスに応じたIre1の自己会合》​

​私たちは小胞体ストレスに応じてIre1が自己会合(Ire1タンパク質分子同士が合わさる)して多量体タンパク質を形成することを見いだしました。 Ire1多量体は強いRNA切断活性を示し、小胞体ストレス応答を惹起します。

Slide4.JPG
小胞体ストレスに応じたIre1の多量体化:Ire1の細胞内局在を蛍光抗体染色法によって可視化した。 ストレスが無い状態ではIre1は小胞体全体に広がっているが、小胞体ストレス状態では(この場合は、DTTを培地に加え、小胞体におけるタンパク質の折り畳みを阻害した)Ire1は大きな多量体を形成して点状の局在を示す。

《Ire1が小胞体ストレスを感知する仕組み》​

小胞体ストレスセンサーとして知られるIre1は、どのような仕組みで小胞体ストレスを感知するのでしょうか? 私たちは、小胞体内部に蓄積した折り畳み不全タンパク質をIre1は直接的に認識して活性化することを見いだしました。 しかし一方、膜脂質の構成成分の異常も小胞体ストレスとなり、Ire1を活性化します。 この場合のIre1活性化メカニズムは、折り畳み不全タンパク質蓄積によるものとは異なるようです。

《どのような局面で細胞は小胞体ストレス状態になるのか?》​

​生物が人為的な実験室環境や人為的な遺伝子操作以外のどのような局面で小胞体ストレス状態になり、Ire1/HAC1が軸となる小胞体ストレス応答経路が必要となるのでしょうか? 私たちは酵母細胞をモデルとして、その問題にアプローチしてきました。 私たちのこれまでの研究により、現在でも環境汚染物質として世界中で問題となっているカドミウムが、小胞体におけるタンパク質の折り畳みを阻害することが明らかとなりました。 また、酵母によるエタノール発酵は産業的、そして社会的にも重要な事象ですが、高濃度のエタノールは小胞体ストレスを惹起し、エタノール発酵中の細胞障害の一因となることを見いだしました。

《常に小胞体ストレス応答が起きている酵母細胞の作製と応用》​

上述のように、酵母細胞では小胞体ストレスに応じてIre1が多量体化して活性化し、HAC1 mRNAをスプライシングにより成熟させます。 そして、成熟型HAC1 mRNAが小胞体ストレス応答を引き起こします。 では、成熟型HAC1 mRNA遺伝子を酵母に導入して発現させると、どのようなことが起きるでしょうか? そのような成熟型HAC1 mRNA遺伝子導入酵母では、(外部から小胞体ストレスを与えなくても)常に小胞体ストレス応答が起きており、小胞体のサイズや機能が向上していることが示されました。 小胞体は分泌タンパク質の折り畳みや修飾を行う他、脂質分子の生合成を行うオルガネラです。 私たちが作製した成熟型HAC1 mRNA遺伝子導入酵母では、油脂(中性脂質)の産生・蓄積量が向上していました。

Slide5.jpg
成熟型HAC1 mRNA発現細胞における小胞体の伸展:小胞体局在タイプの蛍光タンパク質(GFP)を発現させた酵母細胞を蛍光顕微鏡にて観察した。野生型細胞(左)では、小胞体は2重リング状に見える。一方、成熟型HAC1 mRNA遺伝子が導入され、常に小胞体ストレス応答が起きている細胞(右)では、小胞体が細胞内の全体に広がっている。
Slide6.jpg
成熟型HAC1 mRNA発現細胞における油脂の蓄積:細胞内の油脂(中性脂質)を染色する試薬であるNile Redで処理した酵母細胞を蛍光顕微鏡にて観察した。野生型細胞(左)に比べ、成熟型HAC1 mRNA遺伝子が導入され、常に小胞体ストレス応答が起きている細胞(右)では、油脂が蓄積した脂肪滴が巨大化していることが分かる。
bottom of page